2017/09/09
労働者の90%が知らない!就業規則の届出義務と周知義務
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今日は「就業規則」の重要性についてです。
未払い残業代相談を受けていると、その重要性がまったく理解されていないことに驚かされます。
「雇用契約書の内容はわかりました。では、就業規則を読んだことはありますか?」
「就業規則は読んだことがないです。誰でも閲覧できる棚にあるけど誰も読んでいないので」
「……そうなんですね……就業規則って軽視しちゃうんですよね(苦笑)。
重要な書類なので読んで、できればコピーも取っておいてください。記載されている内容によっては請求自体が困難になる可能性もありますので」
「誰でも閲覧できる棚にある」のようなケースは多くありませんが、「見せてもらったことがないから閲覧したことはない」という受け身のケースも同様に危険です。
就業規則を軽視していると、次のような事態に陥ってしまうこともあります。
- 給料に残業代が含まれるルールになっていた。
- 特別な制度(特殊な所定労働時間)が採用されていて、残業の計算方法が違った。
- 無効だろうと軽視していた就業規則が実はガチガチに有効だった。
残業代を請求するかどうかにかかわらず、就業規則に関する知識は今後(労働者側であっても、使用者側であっても)労働していく限り役に立つ知識です。
読み終える頃には、今すぐにでも就業規則を確認しなければならないという危機感に駆られていることでしょう。
また、基礎的な知識ではありますが実に90%の人が理解してない内容ですので、是非、周りの人にも教えてあげてください。
このページの目次
1.就業規則とは
就業規則に対する認識をまとめたものが下記のグラフです。※残業代バンク調べ
これによれば、90%の人が就業規則を軽視し、その重要性を理解していないと言えます。
「就業規則」とは、基本的な労働条件や服務規律(会社で遵守すべきルール)が記載されたルールブックです。
労使間(労働者と使用者の間)で共通の規範を持つことができ、無用な争いが防がれ、労働者が安心して業務に集中し生産性が向上するという好循環を生むことから、「会社と労働者全員との包括契約」と表現できます。
一方で、「雇用契約書(労働契約書、労働条件通知書など)」は、「会社と労働者ひとりひとりとの個別契約」と表現できます。
つまり、「就業規則」と「雇用契約書」は同じくらい重要な書類なのです。
なお、「就業規則」とは「規則類の総称」です。
「就業規則」という名称ではない場合もありますし、別途、「賃金規程」「退職金規程」「育児休業規程」「慶弔見舞金規程」などが存在する場合もあります。
2.就業規則の作成義務
まずは、あなたが勤務する事業所において、就業規則が作成されていなければならないかどうかをチェックしていきましょう。
2-1.就業規則の作成義務
労働基準法第89条によれば、常時10人以上の労働者を使用(雇用)する使用者には、「労働基準法にて掲げられた事項を定めた就業規則を作成する義務」、及び、「作成した就業規則を労働基準監督署に届け出る義務」が課せられています。
アルバイト、パートタイマー、契約社員など雇用形態の違いによって、異なる規則類を定めるのであれば、それぞれに対応する就業規則が必要であり、作成及び届出義務に違反すると30万円以下の罰金が科されます(労働基準法第120条第1号)。
常時10人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。
労働基準法第89条(作成及び届出の義務)
2-2.常時10人以上の労働者とは
前記条文などに「常時10人以上の労働者を使用する使用者」とありますが、この「常時10人以上」の解釈は下記の通りです。
- 事業所ごとにカウントする。つまり、本社、支店、店舗A、店舗B、などのように事業所が独立しているのであれば、あなたが勤務している事業所において判断する。
- アルバイト、パートタイマー、契約社員などの正社員以外も含めてカウントする。
- 常態として使用している労働者をカウントする。つまり、店舗などにおいてたまたまシフトインしている労働者ではなく、日常的にシフトインするすべての労働者において判断する。
なお、常時使用する労働者が10人未満の使用者においても、作成と届出の義務が課されていないだけであって、作成してはいけないということではありません。
前記の通り、労働者が安心して業務に集中できるようになり、生産性が向上するという好循環を生むことから、また、むしろ少人数で「なあなあ」になりがちな環境においてこそ、基本的な労働条件、服務規律、経営方針、経営者の考え方などを記載した就業規則が必要であると考えます。
「このページでお話ししている就業規則の作成も含め、労働基準法の規定は、会社全体ではなく、事業所単位(本社、支店、店舗A、店舗B、など)で適用されることが主です。この観念は非常に重要ですので何となく覚えておいてください」
3.就業規則の届出義務
就業規則を作成した場合(変更した場合含む)には、法定の手続きを踏んだ届出が必要です。
3-1.就業規則の届出義務
届出は、所轄の労働基準監督署(労働基準監督署長)にしなければなりません。
また、労働基準法第90条によれば、届出に際して労働組合(労働組合がない場合には労働者の過半数を代表する者)からの意見書を添付しなければなりません。
意見書を添付する理由は、労働条件や待遇などの最低基準を定めた労働基準法に抵触していないことは当然ですが、使用者本位の就業規則によって労働者が安心して業務に集中できる環境が損なわれてしまうことを防ぐためです。
- 使用者は、就業規則の作成又は変更について、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者(※後述)の意見を聴かなければならない(※後述)。
- 使用者は、前条の規定により届出をなすについて、前項の意見を記した書面を添付しなければならない。
労働基準法第90条(作成の手続き)
3-2.労働者の過半数を代表する者とは
前記条文に「労働者の過半数を代表する者」とありますが、ここで言う「労働者の過半数を代表する者」の要件は、厚生労働省の通達によれば下記の通りです。
- 管理監督者(労働基準法第41条第2号)ではないこと。
- 使用者の意向によって選出されたものではないこと。具体的には、使用者の指名などによる一方的な方法ではなく、投票や挙手などによる民主的な方法で選出されていること。
- 民主的な方法での選出の際に、就業規則の作成(変更)の際に使用者から意見を聴取される者を選出するためのものである旨が事前に明らかにされていること。
- 労働基準法第41条第2号に規定する監督又は管理の地位にある者でないこと。
- 労働基準法に基づく労使協定の締結当事者、就業規則の作成・変更の際に使用者から意見を聴取される者等を選出することを明らかにして実施される投票、挙手等の方法による手続により選出された者であり、使用者の意向によって選出された者ではないこと。
平成11.1.29基発第45号 第13第2項(過半数代表者の要件)
「労働者の過半数を代表する者」の要件のひとつである、「使用者の意向によって選出された者ではないこと(民主的な方法で選出されていること)」は非常に重要な判断基準です。残業代請求において様々なケースで争点となっています。
3-3.意見を聴かなければならないとは
前記条文に「労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければならない」とありますが、「意見を聴かなければならない」の解釈は、傾聴する(耳を傾ける、熱心に聞く)であり、同意を得なければならないということではありません。
厚生労働省の通達によれば、極論、労働組合(労働組合がない場合には、労働者の過半数を代表する者)からの意見書の内容が全面的に反対の趣旨であったとしても、届出は受理され、就業規則自体の効力に影響は出ないということです。
- 昭和23.5.11基発第735号、及び、昭和23.10.30基発第1575号
労働組合が故意に意見を表明せず又は記名押印を拒否するような場合にも、意見を聞いたことが客観的に証明できる限り届出を受理する。- 昭和24.3.28基発第373号
組合の反対意見があっても、他の要件を具備する限り、就業規則の効力には影響がない。- 昭和25.3.15基収第525号
労働基準法第90条は労働組合との協議決定を要求するものではなく、労働組合の意見を聴けば労働基準法の違反とはならない。
※この通達は旧労働省時代の古いものであるから原文を引用することができませんでした。ただ、厚生労働省がデータベース化の試運転を始めているため、いずれ確認できるようになるものと思われます(願っています)。
4.就業規則の周知義務
残業代請求において最も重要な「周知」について解説します。
「(敢えて、少し嫌な言い方をしますが……)ネット上には法律などを引用した上辺だけの情報が蔓延していますが、惑わされず、正しい知識を身に付けてください」
4-1.就業規則の周知方法(労働基準法に基づく)
労働基準法第106条によれば、就業規則は労働者に周知されなければなりません。
なお、「周知」とは、広く知れ渡っていること、広く知らせることという意味です。
使用者は、この法律及びこれに基づく命令の要旨、就業規則を、常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること、書面を交付することその他の厚生労働省令で定める方法によつて、労働者に周知させなければならない。
労働基準法第106条第1項(法令等の周知義務)
周知の具体的な方法は、労働基準法施行規則第52条、及び、厚生労働省の通達によれば下記の通りです。
- 各事業所において、労働者が常時、容易に確認できる場所に掲示する、あるいは、備え付ける。
- 労働者に対して書面で配布する。
- 各事業所において、労働者が常時、容易に確認できるパソコンなどの機器を設置する。
労働基準法第106条第1項 の厚生労働省令で定める方法は、次に掲げる方法とする。
- 常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること。
- 書面を労働者に交付すること。
- 磁気テープ、磁気ディスクその他これらに準ずる物に記録し、かつ、各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置すること。
労働基準法施行規則第52条の2
この方法によって周知を行う場合には、法令等の内容を磁気テープ、磁気ディスクその他これらに準ずる物に記録し、当該記録の内容を電子的データとして取り出し常時確認できるよう、各作業場にパーソナルコンピューター等の機器を設置し、かつ、労働者に当該機器の操作の権限を与えるとともに、その操作の方法を労働者に周知させることにより、労働者が必要なときに容易に当該記録を確認できるようにすることとすること。
平成11.1.29基発第45号
4-2.就業規則の周知方法(通達に基づく)
前項では、就業規則を周知する3つの方法をご説明しました。
しかし、厚生労働省の「労働契約法第7条に関する通達」によれば、周知の方法は前記の3つに限定されないとされています。
言い換えれば、前記の3つの方法以外にも、周知されていると評価されるケースがあるということです。
労働基準法第106条の「周知」は、労働基準法施行規則第52条の2により、1~3ま でのいずれかの方法によるべきこととされているが、労働契約法第7条の「周知」は、これらの3方法に限定されるものではなく、実質的に判断されるものであること。
平成20.1.23基発第0123004号
法律や通達間に相違や矛盾があることはそう珍しいことではありませんが、相違が生じた原因を知っておく必要はあるため、労働契約法が制定された背景をご説明します。
労働契約法は平成20年3月に施行されました。
同法が制定されるまでは、個別労働関係紛争を解決するための民事的な法律が存在しなかったことから、個別労働関係紛争は判例法理(裁判所が示した判断の蓄積によって形成された考え方)を参考に判断されてきました。
しかし、判例法理は労働者や使用者には縁遠く、十分に認識されていないものであったため、労働契約に関する民事的、且つ、体系的な法律の必要性が高まり、結果、判例法理に沿った労働契約法が制定された次第です。
※労働基準法は、労働条件や待遇などの最低基準を定めたものに過ぎず、紛争を解決するためのものではありません。
つまり、労働契約法制定以前に、前記の3つ以外の方法でも「周知されている」と肯定された判例(裁判例)が存在し、それらを参考に労働契約法が制定され、また、関する通達がなされたということになります。
ではどのような判例(裁判例)があるのか、次項にて、特に参考になるものを解説します。
「ここからが、あなたに身に付けてもらいたい正しい知識です」
4-3.就業規則の周知方法(裁判例に基づく)
就業規則の法的効力について判断された判例(裁判例)は数多くありますが、その中でも、特筆すべきは「日音退職金請求事件(東京地判平18.1.25)」です。
事件の概要や争点は割愛しますが、この判断によれば「周知義務(前記の3つの方法による周知)」がなされていなくとも、前記の「作成義務」や「届出義務」がなされていなくとも、就業規則が法的効力を有すると認められるケースがあることになります。
作成と届出の義務がなされていなくても法的効力を有する
まず、「日音退職金請求事件(東京地判平18.1.25)」による判断は次の通りです。
就業規則が法的効力を有するためには、従業員代表の意見聴取、労働基準監督署への 届出までは要せず、従業員に対し、実質的に周知の措置がとられていれば足りると解するのが相当である。なぜなら,使用者が義務を履践しないことにより 就業規則の効力を免れるのは相当ではないからである。
日音退職金請求事件(東京地判平18.1.25) 抜粋
つまり、「作成義務」や「届出義務」という法律によって課された義務がなされていなければ、30万円以下の罰金が科される場合がありますが、就業規則自体が無効とはならないということです。
就業規則が法的効力を有するかどうかは、「実質的な周知の措置(次項で解説)」が取られていたかどうかをもって判断されます。
実質的な周知の措置とは?
では、「実質的な周知の措置」とはどのようなものでしょうか。同裁判例による判断を基にいくつかの実質的に周知の措置が取られていたと評価される(可能性が高い)具体例を挙げます。
- 上司の机の引出しの中に就業規則が保管されていて、従業員が就業規則の内容を知りたいと思えば、いつでも上司を通じて閲覧することができた。
- それにもかかわらず、従業員から上司に対して閲覧を申請した経緯がない(上司から閲覧を拒否された経緯がない)。
- 就業規則はファイルに入れられ、事業所内の鍵のかかっていない書棚に置いてあった。
- また、同ファイルには、遅刻や欠席などの勤怠申請用紙も入っていることから、従業員は同ファイルや就業規則の存在を認識していた。
総じて、従業員の大半が就業規則の内容を知ることのできる状態に置かれていたと評価されれば、実質的な周知の措置が取られていたと判断される可能性は高いです。
また、同裁判において被告(実質的な周知の措置を取っていたから就業規則が有効であると主張した側)が次のような主張をしています。
「従業員である以上 、 会社の就業規則の存在は認識しておくべきである」
私個人としても、この主張は、(実質的な周知の措置が取られていたのであれば)必ずしも身勝手な主張であるとは言えないと感じます。
就業規則の閲覧を申請することが悪であるかのような風習がありますが、そうではなく、労働者は当然に閲覧しておくべきですし、使用者においても就業規則を周知しておくメリット、周知していないデメリットを十分に理解しておくべきなのです。
その他の的外れな主張
これも同裁判例による判断のひとつですが、あなたに該当するかもしれないので、念のために解説します。
原告(就業規則が無効であると主張した側)は大阪支店の支店長であり、通常、就業規則の内容を知らないで従業員の管理をすることは困難であるから、その主張を採用することはできない。
日音退職金請求事件(東京地判平18.1.25) 抜粋
つまり、部下を持ち従業員を管理する立場であるにもかかわらず、就業規則の内容や存在を知らない(知ろうとしない)ことは通常は有り得ない(有るべきではない)と判断されるということです。
※ここで言う「従業員を管理する立場」とは、労働基準法第41条第2号に規定する監督又は管理の地位にある者(いわゆる管理監督者)を指してはいないと解釈されることから、「管理監督者には該当しないが、部下を管理する立場に該当する人」においては注意が必要です。
5.「就業規則の正しい在り方と周知義務」の5行まとめ
- 常時使用する労働者が10人以上の事業所においては、就業規則の三大義務(作成、届出、周知)が課されている。
- 就業規則を軽視すれば、残業代を請求した後に「既に残業代は支払われていた」、「未払い残業代があると思い込んでいただけだった」、「無効だと思っていた就業規則が実は有効だった」などの事態に陥ってしまう可能性がある。
- 就業規則は雇用契約書(労働契約書)の内容を補う。場合によっては、そのまま、雇用契約書の代わりになることもあるから、労働条件の全容を把握するためには、雇用契約書とあわせて就業規則の内容も確認しておかなければならない。どのような場合に補い、どのような場合に代わりになるのかについては『困った!雇用契約書と就業規則の内容が違う場合の優先順位』で解説しています。
- 周知の方法は、実質的な周知の措置がとられていたかどうか?によって判断される(ネット上に蔓延している3つの方法に限定されないので注意)。
- 実質的な周知の措置がとられていたのであれば、法律によって課された「作成義務」「届出義務」がなされていなくとも、就業規則自体は無効とならず、法的効力を有すると判断される可能性が高い。
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